日本からオランダに伝わった東洋の神秘、“お茶”

ヨーロッパでお茶が飲まれるようになるのは、17世紀に入ってからのことです。ここでは、東洋のお茶がヨーロッパに伝わるまでの歴史をみてみたいと思います。

お茶がヨーロッパに伝わる以前の話

Marco Polo Venetian Merchant Traveller and Author
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9世紀に、アラブの商人が書いた文書の中には、お茶の葉っぱに関することが書いてありました。しかし、お茶がヨーロッパ大陸に到達するのには、それから何世紀もかかったのです。かの有名なマルコ・ポーロも東方見聞録の中では特にお茶に関しては何も述べていません。

学者の中には、最初にお茶を飲んだヨーロッパ人は、明朝の宮廷にいたイエズス会士なのではないか?と推測する人もいます。ヨーロッパ人で最初にお茶のことを書いたのは、ベネチア人のラムージオという人物です。彼は1559年に書いた「旅行・航海記集成」という本の中で、「お茶は薬効をもった温かい飲み物である」と言及しています。

このように、ヨーロッパではお茶に関する記述というのがあるにはあったのですが、本格的にお茶がヨーロッパで普及することはありませんでした。

お茶が東洋からオランダへ伝わる

1610年に、オランダ東インド会社の船が、平戸から日本の緑茶をヨーロッパに持ち帰りました。これがヨーロッパにおけるお茶の普及の出発点となりました。お茶は当時の人々の人気の飲み物になって、その後、パリやロンドンにも広がっていくことになります。

お茶を飲むことはとても珍しいことでしたので、当時のヨーロッパの人々の東洋趣味を多いに刺激したことでしょう。17世紀のヨーロッパは冒険の時代でした。ヨーロッパの貴族たちは東洋のお茶を飲むことで、スリリングな冒険にちょっとでも参加した気分を味わうことができたのかもしれません。

また、ヨーロッパに伝わったときのお茶は大変値段が高かったので、お茶を飲むことができたのはヨーロッパの王室や貴族の人々に限られていました。一般庶民が購入できるくらいまでお茶の値段が下がるのは、もっとずっと後になってからのことです。

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